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東京高等裁判所 昭和44年(う)1313号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、水戸区検察庁検察官事務取扱検察官検事藤井嘉雄の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人宇田川浜江の答弁書に記載されたとおりであるからそれぞれこれを引用する。

検察官の控訴趣意は、要するに、原判決が被告人に対し無罪の言葉をしたのは、水産資源保護法第二五条の解釈適用を誤つたものであるから、破棄を免れないというのである。

そこで記録を調査すると、本件起訴状記載の公訴事実は、被告人は法定の除外事由がないのに、昭和四三年一〇月二九日午後四時五〇分ころ茨城県那珂郡那珂町大字田崎地先の那珂川河岸において、さけを漁獲する目的で、俗にひつかけ針と称する仕掛けをつけたつり竿を使用し、おもりの遠心力によつてひつかけ針を河中に投げ込んだ後これを手許に引き寄せる方法を繰り返し、もつて内水面においてさけの採捕行為をなしたものである、

というのであり、これに対する罰条は、水産資源保護法第二五条第三七条第四号というのであつて、右第二五条は同条但書所定の除外事由なき限り、漁業法第八条第三項に規定する内水面においてはさく河魚類のうち、さけを「採捕」してはならない旨を定め、同第三七条第四号においてこれが違反に対する罰則を規定しているところ、原判決は被告人が、一〇分位の間に仕かけを三〇回位川の中に投げ込んではそれをたぐり寄せたが、さけは一度もかからなかつた旨の事実を認めた上右水産資源保護法第二五条にいう採捕とは「文宇どおりとらえること、掴えること、少くとも容易にとらえ得る状態になつたことをいう」ものと解し、被告人の右所為は右のいずれにも該当しない、採捕の未遂行為にすぎず、同法には採捕の未遂罪を処罰する規定がないから、被告人は無罪である旨判示していることが明らかである。

よつて右解釈の当否につき考察するに、水産資源保護法は「水産資源の保護培養を図る」ことを目的として制定せられ(同法第一条)、同法第二五条は、右立法の趣旨に副い産卵のため内水面にさく上するさけを保護しその繁殖を図るため、その採捕を禁止することとし、同法第三七条第四号において、右禁止に違反した者に対する罰則を規定してこれが強行を図つており、これが取締の実効を期するためには、さく上するさけを採捕することとなるべきすべての行為を禁止すべきものとして、違反行為の適正公平な検挙を行うことが要請されることにかんがみると、原審の見解は狭きに失するものであつて、同法第二五条にいわゆる採捕とは、採捕することとなるべき行為(採捕行為)を指称し、現実にさけを捕捉して占有取得したか否か或は容易にこれを捕捉できる状態において実力的支配内に帰属するに至らせたか否かは問わないものと解するのが相当であるといわなければならない。(したがつて、これと異なる弁護人の所論は採用できず、所論引用の各判例は、いずれも本件に適切なものではない。)(大審院昭和一三年三月七日判決刑集一七巻三号一六九頁、東京高等裁判所第七刑事部昭和四四年一〇月二〇日判決参照)。これを本件について見ると、

〈証拠〉を綜合すれば、被告人が公訴事実のとおりの、さけの採捕行為をなしたことを認めることができるので、被告人の右所為は、前段説示にてらし、水産資源保護法第二五条に違反する行為として同法第三七条第四号の適用を受けるものというべきである。

しからば、被告人の本件所為は、同法第二五条にいわゆる採捕に該当しないという見解を前提として無罪の言渡をした原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、右の違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により本件について更に次のとおり判決する。

罪となるべき事実(起訴状記載公訴事実と同一である。)およびこれに対する証拠の標目は前記のとおりである。

法令の適用

被告人の本件所為は、水産資源保護法第三七条第四号第二五条罰金等臨時措置法第二条に該当するが、所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内において被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、刑法第一八条により右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により当審における訴訟費用は被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。(遠藤吉彦 青柳文雄 菅間英男)

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